日本のじいじばあば、
今まで、バーチンチン、オジンク など、マコト語がいろいろありましたが、
それ以降も、続々と新語が生まれています。
「サル、チンパンジーなどの仲間」のことを、「ザイナ」(必ずムフフと笑いながら言う)
語源は全くの謎。インドネシア語の「サル」も全然違うことば
「マイク、およびマイクに向かってしゃべること」を「オドーデー」
当初、調味料をゴリゴリつぶす石(cowek 確かにマイクに似た形だ)を持って、
「じいじ、おど~で~」と言っていました。
じいじがマイクに向かってしゃべる強烈な記憶があったのでしょうか。
「パトカーおよび警察官」を「タコパ」
「のりものの歌」の中の
「てけてけのってけのってけてけてけ♪」という歌詞を「リコロ、リコロ、イ~ヤ~♪」
この歌、だれが聴いても「リコロリコロ」には聞こえないと思うけど・・・
彼なりに記号化しているのかも
そして「マイコケ」。
最近になってやっとわかった。「かみのけ」のことでした!
ところで、バーチンチンはいつの間にか「たっきゅうびん」になっています。
「オジンク」は相変わらず「オジンク」です。
最新語は「アネネチョコラン!」
チョコレート系の駄菓子をもらうと(たいてい近所でもらってくる)、手に持って
「アネネチョコラン、アネネチョコラン!」と。
これは、マコト語の中では初のインドネシア語??ではないでしょうか?
誠くんはしゃべり始めの頃から2歳近くまで日本にいたので、日本語のほうが得意。
少しインドネシア語もできるようになりました。
学校へ行くようになれば、インドネシア語が中心になり、母語になっていくと期待していますが、どうなるか。
せっかくジャワに住んでいるからジャワ語もできるようになってほしいですが、
両親ともジャワ語が苦手なのでどうなることやら。
日本語は、日本のじいじばあばと会話できるレベルは維持して欲しいです。
日本語の文字の使い方を理解するのは、日本で一度小学校に行かないと、無理だろうなあ。
考え始めればキリが無いですが・・・。
ところで、私はインドネシア人に日本語を教えたことがあるので、
子どもが動詞の変化をどのように理解していくのか興味があります。
子どもと使う動詞は、「手あらって」「ごはん食べよう」「こっち来て」など、
圧倒的に「て形」が多いです(日本人は「連用形」と習う)。
「て形」で使っている動詞の「辞書形」(日本人は「終止形」と習う)を
子どもはどうやって覚えるのかな?と思っていたら・・・・やっぱり間違えた!
「手を洗う」を「てってアラル!」と言います。
おもしろいので、訂正せずに、私も「じゃ、ここでてってアラル?」と使ったり。
ダメ?ちゃんと教えるべきか?
自分で気付くまで、待ってみようと思います。
「あらう」を「あらる」。
日本語を学ぶ外国人がこんな間違いをすることがありますが
日本で育っている日本人の子どもも、間違えるかな?
・・・・インドネシアの生活と全く関係ない子育て小話でした。

「サンダル アラル!」と洗い始めた誠くん。
もちろん見よう見まねの「アラル」なのでこのあと私が洗いました。
ちなみに「サンダル」とはインドネシア語で「ゴムぞうり」のこと。
ゴムぞうりは毎日履くので、「サンダルをアラル」作業は、日常的にあります。
「チリンチリン」、「トゥクトゥク」、「ポーッ」、「タラララ~(音楽)」
いろんな音の、様々な物売り屋台が家の横を通ります。
アイスクリーム、Bakso (肉団子スープ)、おかゆ、もち菓子、などなど。
食べ物屋台のほか「ロンベン!」と言いながら通る
ロンベンという、廃品回収業者もいます。
聞こえるとすかさず誠くん 「なんのおと??」
最初の頃は、「ロンベンだよ」と騙していましたが、
Bakso 屋台の音、アイスクリーム屋の音、おかゆ屋の音、
もうすっかり覚えてしまいました。
音が聞こえてくると、わかっているくせに、「なんのおと?!」と、にやにや顔です。
今日は「アイスクリーム!どこ?」と自分で外に出ましたが、
残念ながら、もう行ってしまった後でした。

だんだん、インドネシアの子どもになっていきます

もう雨季も終わりです。
最近はカラっと晴れる日が多く、朝、こんなにきれいに山が現れることも。
家の前からの風景です。
雨季には、ほぼずっと見えません。
アルジュナ山 といいます。
誠くんは山が見えると大喜び。「やま!やま!」と連呼です。
日本では毎日山の近くを歩いていたからなあ・・・。
アルジュナ山のほうにも行ってみたいね、車があったらね・・・。